<論評>アンジェスMGの利益相反問題について



関西ベンチャー学会副会長 今田 哲


大阪大学の臨床試験担当医が、大学発ベンチャーのエースであるアンジェスMGの未公開株を購入し、マザース上場当日に売却して相当額の収入を得た出来事が新聞で大きく報道されている。当学会会員にも関心が高いと思われるこの問題について、利益相反的視点から解説する。
(注:利益相反とは「(公務員などの)公益と私益の衝突」(リーダーズ))

新聞などで報道されている見出しには、「違反行為ではないが、利益相反のルール作りが遅れたのが問題」、「倫理上の指針が必要」などの言葉が見られる。要点をついてはいるが、問題の本質が必ずしも的確に伝わっていないように思われる。


一番のポイントは、「法律違反と利益相反」、「利益相反と倫理」をきちんと区別することであろう図1図2参照

「法律違反と利益相反」の関係については、今回問題になっている大阪大学はこの前の3月まで国立大学で、教員は国家公務員であった。国立大学教官の行動基準は国家公務員法や倫理法で規制されていたが、これらの法律に従わないのは法律違反、すなわち黒である。今回のアンジェスMGの一件では違法があったわけではない。


利益相反の対象となるのは図1の上の違法・合法という黒か白ではなく、白の合法領域が状況によってどう見えるかなのである。大学教員という高度な専門職は自由裁量で行動する範囲が非常に大きく、したがって、すべてを法的に規制することは不可能だからガイドラインによる自主的な対応が主体になる。産学連携ではグレーに見える場面が出てきやすいので、ガイドラインを作って利益相反をマネジメントすることが必須になる。


今回の未公開株の取得と売却が、違法行為ではないが何か釈然としないと思われているのは、国の予算で支えられている国立大学教員が、国の施設と予算を使って行った研究の成果から、世間的に見るとかなり大きな額の収入に預かったということが、角度をかえると灰色や黒に見えうるということである。角度を変えるというのは、納税者の目、あるいはマスコミの目と置き換えてもいい。


利益相反で一番大切なのは、それが行為によって起こされるものではなく、状況によって起こされるものだということで、言い換えると事実(ファクト)よりも写り(アピアランス)が大事になる。ファクトは法律の対象だが、アピアランスはそうではなくガイドラインを示して自ら対応してもらうしか手がないわけである。


この部分が灰色や黒に見えると、大学教員だけでなく、大学の存在までもが信頼を失う。そこから生じるダメージははかり知れないので、きちんとガイドラインを作って対処しましょうということをアメリカやヨーロッパの大学ではやっている。そのようなことへの取組みがわが国では遅れているという新聞などの指摘は当を得ている。


報道の中で一番おかしいのは、当事者が「これは利益相反ではない」と釈明していることである。「客観的に見て、ある行為が公正さを欠いていると見えたときに利益相反が存在する」が利益相反の定義の一部であって、状況依存性の利益相反は当事者自らが判断する対象ではないからである。


もう一つは、「利益相反と倫理」、あるいはモラルとの関係であるが、それらを混同することも問題の本質を見誤らせる(図2)。人間や、その人間が所属する組織のインテグリティー、つまり、社会的な信頼、尊厳、公正さといったものを守るために考えなければならないという点は倫理にも利益相反にも共通するが、倫理がどちらかというと絶対的な基準に照らして考えるのに対して、利益相反には、納税者、社会というものを意識して、説明責任を果たして透明性を保つための仕組みが要求される。利益相反は言わば「社会倫理性」である。


依頼元の会社の株を保有している医学部の教員が、その会社の医薬品の臨床試験を行う場合、その薬の効果が高く出れば会社の価値は上がる。言い換えればその会社の株価が上がり、当人の得になる。大学では審査委員会(IRB)を作るなどしてバイアスがかからない仕組みを用意している。大阪大学での今回の臨床試験もその手順は踏んでいる。しかしそれでも、このような一人二役の立場になるとどうしてもお手盛りになる傾向があるということから、アメリカでは一定以上の割合の株式を持っている会社の製品の臨床試験にはタッチしてはならないというルールが一般化している。わが国でも同様な仕組みを検討すべきであろう。


日本では利益相反への取組みが始まってまだ数年で、特に臨床関係の問題にはほとんど手がつけられていない状況である。利益相反の基準が「どう写るか」であるので、それぞれの国の文化・風土が大いに関係してくる。欧米のモノマネは通用しないことになる。利益相反はルール作りの過程の議論が大切なので、議論の輪を広げて、日本の特性にあったルールを作らなければならない。アメリカで、1964年以来、利益相反の議論は延々と繰り返され、大学のインテグリティーを確保する努力が払われているように、時代の変化に即した継続的な取組みも必要となる。


今回は、別に不祥事があったわけでもなく、アンジェスMGがスケープゴートにされたという印象が強いことは否めないが、これをきっかけに、日本全体で本格的な議論が始まることが期待される。


日本が経済再生の柱にしている産学連携が利益相反の問題で水を注されることがないよう、大学人が意識を高めると同時に、大学が生み出す富に群がる人たちにも利益相反問題の本質を周知しなければならない。また、マスコミの取り上げ方についても慎重、かつ前向きであってほしいと考える。

(この小文に関して質問、コメントがあれば次まで: imada@b-platz.ne.jp)