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新産業創出と大学の研究資源

今 田  哲

奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究調査センター 元教授 農学博士 『ケミカルエンジニアリング』(化学工業社),第47巻,第7号,pp.489-493,2002年7月

著者紹介 今田 哲
元奈良先端科学技術大学院大学教授
  36年生まれ.北海道大卒.農学博士.
武田薬品工業を経て94年から02年まで奈良先端科学技術大学院大学教授


はじめに

   「我が国の大学等には,研究資源の多くが集中しているが,その成果が産業界において十分活用されてきたとは言い難い状態にある.」,「他方,米国では,大学の研究成果を活用した企業化が飛躍的に進展し,それが新産業創出の原動力となって米国経済全体の活力再生に大きく寄与した.」。これはTLOの設置を促した「大学等技術移転促進法」(1998年)の提案理由書の一部である。大学にあるさまざまな研究資源を利用して新しい技術を開発し、新しい産業と雇用をつくっていくことは現代知識社会の最大の戦略なのである。本稿では、我が国の大学の研究資源がどのような水準にあり、どのように有効に利用されているのかを考えた上で、大学にある研究資源の種類とそれらの利用の方策について考えてみたい。

1.我が国の総合研究水準

  大学の研究資源には後述のようにさまざまな種類のものがあるが、基本は基礎研究の水準と量である。前者に関しては、第一線の研究者への調査結果をもとに作成された科学技術政策研究所の「我が国の研究活動の実態に関する調査報告」がある1)。調査では我が国と欧米の基礎研究と応用研究の水準を比較しているが、国の基礎研究の水準が大学の研究水準と比例するという荒っぽい前提で言えば、我が国の大学の研究水準はアメリカと比べるとかなり、ヨーロッパとの比較では若干劣っていると結論される。しかし、この調査結果は97年のものであり、その後科学技術基本計画の効果もあって基礎研究水準は相当向上している。先端研究領域における論文引用数は飛躍的に増加しているし2)、特に、本誌と関係深い化学分野では白川先生、野依先生の連続ノーベル賞受賞によりますます評価は高まっている。他方、量に関しては、先に述べた大学等技術移転促進法提案書に、我が国の研究者総数67万人のうち,1/3強に当たる約24万人が大学に在籍し,我が国の研究資金約14.4兆円のうち,約2割強に当たる約3兆円は大学における研究費であると記載されている。このように、我が国の大学がかかえる研究者の絶対数と消費している研究費の絶対額はけっして小さいものではい。

2.国際経済競争力という観点からの我が国の大学教育

  スイスにあるIMD(国際経済開発研究所)が毎年刊行している世界競争力白書には各国の国際競争力の順位が公表されている。我が国の「総合ランク」は1993年には1位だったが,2000年には17位,2001年には26位になり,2002年にはさらに低下し,アメリカ1位,フィンランド2位,日本は韓国,ハンガリー,チェコに続いての30位になってしまった3).2000年版で評価の順位を見ると,「総合力」は17位だが「科学総合ランク」ではアメリカに次ぐ2位を維持している4).例えば「特許登録件数」,「研究開発従事者数」,「一人当りの研究開発投資額」が上位である。それらが「科学総合ランク」押し上げているのだろう.では何が総合力を低下させているのかというと,研究開発活動が効率よく競争力に反映されていないためである.「大学教育は国際経済競争力に対応しているか」と,「新規企業開業が当たり前に行なわれているか」という二つの指標では調査対象の47カ国中最下位である.「企業と大学の技術移転は十分に行なわれているか」という指標でもかなり低く、半分以下の25位である.(表1)

前項に述べた科学技術政策研究所の調査では、我が国の応用研究の水準はアメリカよりはやや劣るものの基礎研究水準におけるよりも劣位の幅は小さく、ヨーロッパとの比較では同等またはむしろ高いレベルにあるとされている。応用研究の水準が企業の研究力の水準を反映すると仮定すると、IMDの国際比較の結果と、科学技術政策研究所の調査結果は矛盾しない。よって、我が国では大学等研究機関の実力(研究資源)が産業競争力に生かされていないという認識は一応客観性がある。

表1.IMDの世界競争力白書(2000年版基準)による日本の国際競争力
調査対象国の数:47カ国
「総合力」:  17位「科学総合ランク」:  2位
上位ランクの評価項目下位ランクの評価項目
1位特許登録件数47位大学教育は国際経済競争に対応しているか
2位海外特許取得件数47位新規企業開業は当たり前に行われているか
2位研究開発従事者数47位経営者に起業家マインドはあるか
3位一人当たり研究開発投資額39位科学技術への若者の関心度
3位一人当たり民間企業研究開発投資額25位大学からの技術移転は十分行われているか
構造問題を抱えている:研究開発活動が効率よく競争力に反映されていないと推測される。

3. 大学の研究資源の種類

筆者は59年に大学を卒業して以来、武田薬品の研究部門に35年間勤務した後、奈良先端大の先端科学技術研究調査センターで産学連携の仕組みの研究と実践に8年間従事し02年3月退官した。その間見聞し、あるいは体験した具体的な出来事を例示しながら大学の研究資源にはどのようなものがあるかを考えてみたい。(事例に引用した研究者の職名は当時のものである。)


事例1(研究資源=研究成果の例)

京都大学医学部の藤原元典教授はニンニクには酵素で分解されにくい形でビタミンB1が存在することを発見した。武田薬品はその情報をもとにアリナミンを開発した。アリナミンは昭和20年代以来ほぼ半世紀にわたって同社の主力製品の地位を維持している。アリナミンの研究は同社の研究レベルを飛躍的に向上させた。

事例2(研究資源=研究構想/研究成果の例)

東京大学醗酵学教室の坂口謹一郎教授はカツオブシの旨味成分であるイノシン酸がRNAの酵素分解で製造できると構想し、ヤマサ醤油の國中明博士を指導してカビの酵素を使った分解法によるイノシン酸の製造方法を確立した。坂口教授の後任の有馬啓教授、別府輝彦教授は微生物を用いたさまざまな有用物質を民間企業との共同研究で開発し、我が国の醗酵工業を世界に冠たるものにした。

事例3(研究資源=研究成果の例)

大阪大学産業科学研究所の原田篤也教授は、熱をかけると固まり、冷やすと溶ける寒天とは全く逆の性質を持つカードランという多糖類を発見し、用途開発の共同研究を武田薬品に持ちかけた。カードランは食味改善物質として製品化されたが、大成建設との共同研究でコンクリートの流動性を改善するという予想外の作用が見出され、建設補助材として実用化されている。横浜「みなとみらい21」のランドマークタワーや有楽町の東京国際フォーラムのコンクリートにはカードランが使われている。

事例4(研究資源=地域の産業中核としての大学の例/コンソーシアムの例)

筆者の学生時代、恩師北海道大学応用菌学教室の佐々木酉二教授の部屋にチーズづくりの指導を求めてトラピスト修道院のシスターがよく訪れていた.また,同教室の初代教授の半沢洵博士は大正7年に「納豆改良会」を設立し、 純粋培養した納豆菌と管理された環境下でおいしく衛生的な納豆を効率よく作る運動を始めた。半沢博士の功績無しには今日の納豆産業の普及は考えられないとされている。北海道大学は創立の経緯からいっても、地域産業振興のために設立されたアメリカの州立大学の文化を一部引き継いでいたように思う。そこでは、自らの学問的知見を産業に役立てるのは大学教員の自然な責務だったのだろう。半沢博士の例は我が国におけるコンソーシアムのプロトタイプでもあった。

事例5(研究資源=人材交流の例)

事例2に示した分解法によるイノシン酸の製造方法は、武田薬品でも大村栄之助博士、緒方浩一博士、杉野幸夫博士らの指導の下に、ヤマサ醤油としのぎを削って研究されていた。大学卒業すぐ、筆者もその末席に加えてもらった。同社では抗生物質研究の基盤を生かして放線菌の酵素を用いる方法を完成させた。緒方浩一博士はその後京都大学醗酵生理学教室教授に就任され、微生物機能の工業プロセスへの利用研究の拠点を形成された。本誌の読者にも、緒方教授後任の山田秀明教授らによって確立された微生物をつかったプロセス工業に関係する方も多いだろう。

杉野幸夫博士も京都大学ウイルス研究所教授になって転出されたが、その後、武田薬品が組み換えDNAの研究を行なうために設立した生物工学研究所の初代所長として帰ってこられた.産学の人材交流も日常的だった。

事例6(研究資源=先導的研究・技術コンサルティングの例)

イノシン酸等の核酸系調味料製造技術は当初のRNA分解法から直接醗酵法に向かった。用いる基本技術は変異操作である。1960年代、大阪大学吉川研究室は微生物遺伝学の研究のメッカであった。武田薬品では吉川研究室の研究者を講師に、半年以上にわたって微生物遺伝と変異株取り扱いに関するワークショップを開催した。広田幸敬博士、飯島貞二博士など我が国微生物遺伝学草分けの中核研究者の指導により多くの研究者が技術を習得したが、それは後に同社がバイオテクノロジー時代にいち早く対応する布石になった。(広田博士とはその後も親しくしていただいたが、三島でご馳走してもらったウナギの味が忘れられない。)

事例7(研究資源=技術指導の例)

自然発症高血圧ラットを開発した京都大学の岡本耕三教授は大学よりも動物実験施設の整った武田薬品で自らも実験するとともに、同社の研究者を指導して脳卒中を起こしやすい系統を育種した。そのラットを使って武田薬品を支えた脳卒中治療薬が開発された。

事例8(研究資源=施設・設備/技術指導の例)

東大阪の零細メッキ企業の武内勇社長は同社の特殊メッキ技術が世界最大手のPCRメーカーの製品に利用されていることから、バイオ産業への参入に興味を持ち、東大阪市商工会議所役員の紹介で筆者を大学に訪ねてきた。松原謙一教授の研究室に案内したところ、自社技術が装着されたPCRがずらりと並んでいるのを見て感動し、武内社長の決心はかたまった。その後、松原教授の指導を得、また大学の助手を兼業の技術担当取締役に就任させて、ミレニアムゲートテクノロジーというベンチャーを創業し、高性能PCRや高性能DNAチップの開発に取り組んでいる。

事例9(研究資源=施設・設備/技術指導の例)

東北大学未来科学技術共同研究センターは次世代半導体研究開発のための共同研究施設を整備し、1数名の教授を同センターの専任にして、施設・設備と知識を提供する形で新技術の開発支援体制を整えている。東京大学医科学研究所の新井賢一所長の構想する東大柏トランスレーショナルメディスンセンターは施設・設備と知識の同時提供に関する先鞭的な構想であった。対象領域は異なるが、多くの大学が類似の構想を進めている。本年度発足した文部科学省の知的クラスター創成事業は具体的なベンチャー育成を謳った、研究シーズ、施設・設備、技術指導の同時提供の新型モデルである。


産業に利用される大学の研究資源は、事例に示したように、研究成果、研究構想、知識や技術、人材、総合企画統率力、施設・設備等、多岐にわたる。TLOによる技術移転の仕組みが強調されるあまり、大学の研究資源として研究成果ばかりが際立っているが、それは大学が産業界に提供できる資源の一部でしかない。

大学の研究成果の企業による利用について、カーネギーメロン大学が94年に企業の研究開発担当者1478名を対象に行った調査によると、企業における研究プロジェクトの内、大学の研究成果を利用したものは全製造業の15.12%であった5)。大学の研究成果を利用する頻度は当然業界によって異なるが、プロジェクトの20%以上を大学の研究成果に依存している業界は、医薬品(32.40%)、石油(24.67%)、半導体と関連装置(23.68%)、航空宇宙(22.45%)、探査ナビ装置(20.40%)であった。ちなみに、本誌と関連の深い化学品(11.92%)やプラスチック樹脂(7.14%)などでは依存率は低かった。 

同じカーネギーメロン大学の調査では、企業が研究開発のために重要と考える大学からの情報入手手段についても調べ、学術出版物、非公式な会話、学術集会、コンサルタントなどが有効であるとしている(表2)6)。特許、ライセンスの重要度は思ったよりも低い。


表2.企業が研究開発のために重視する大学からの情報入手手段
(中等度または極めて重要と考える回答者の比率)(先端産業と化学関連産業を抜粋.数値は1位にし四捨五入した)
産業分野(回答数)特許学術出版物学術会合等 非公式チャンネル採用ライセンスジョイントベンチャー委託研究コンサルタント人的交流
全産業(1130)1841343520101821326
食品(92)1051384322112329478
石油(15)047533313131327470
化学品(64)253428191981621279
基礎化学品(36)173125331931719333
プラスチック樹脂(26)11352723230412150
医薬品(51)5773616131354155558
その他化学品(29)28382831243314240
コンピュータ (24)842423333488294
半導体と関連産業(18)2261566528172817336
通信装置(34)65032322999182921
医療器具(69)2838354619192323456
探索ナビ装置(37)5514949221430354314
航空宇宙 (48)155850541964035404

4.大学の研究資源を産業利用するための仕組み

 大学の研究資源の産業利用、すなわち産学連携の仕組みは大別して、
@共同研究(委託/受託研究、研究コンソーシアムを含む)、
A技術移転(ベンチャー創業を含む)、
B技術指導(コンサルティングを含む)、
C人的交流(採用を含む)
のいずれかで行われる。またしばしばそれらは組み合わせて利用される。文部科学省は過去数年間、考え方を整理し、制度的な阻害要因を取り除き、報償による動機付けを行うなどにより大学研究資源の活用効率向上に努めてきた。本年度の知的クラスター創成事業は早期に改革の実効をあげ、社会の期待に沿おうとするものである。しかし、大学研究資源活用施策は即効性をもつものばかりではないという認識も必要であろう。先に記述した筆者が見聞した実例も、長期的に考えた方が結果的には効果が大きい場合が多かったように思う。また、急速に進展しつつある科学領域での連繋を目指すこと、供給側の大学と受給側の企業の科学(者)のレベルがあまり乖離していないこともけっこう重要である。産官学のすべてのセクターで要職の経験のあるLewis Branscomb博士はアメリカ議会の科学技術委員会で、IBMで自らが指導した大学との連繋が、担当者の転勤等による中途離脱の場合に失敗するケースが多かった経験をもとに次のように述べている。「産学連携には大学と産業の一番中心になる研究者が長期的な視野で結果責任を念頭に取り組む必要がある。その点ではちょうど結婚のようなものだ。成功には、信頼関係と目的意識の共有が何よりも求められる。」7)

表2に示したデータも、即効性があると考えられる手段よりも、大学本来の学術活動を主体に、それを公式の(コンサルタント、共同研究など)または非公式の(電話、ノミュニケーション、ランチの席での会話など)情報交換チャンネルで補足するのが有効だということを示している。大学教員が先端研究を、相手にわかってもらえる言葉で説明する努力と、企業研究者がそれを分かろうとする努力、そして何が知りたいかを信頼関係の中で伝える努力が大事だというのはまさに結婚そのものだ。我が国で研究資源の産業利用を促進するには若手教員を含めてのコンサルティングを充実、定着させることが最も効果的である。

5.おわりに

 先の経験事例を書きながら、我が国の発展期には大学と産業界との交流が特別のことでなく、自然に行われていたことに気がついた。また、若い産学の研究者が先端領域で連携を進めることも多かった。今は知識社会の‘新たな発展期’にある。20代、30代の若い産学の研究者が、新時代にふさわしい産学交流に情熱と元気を爆発させれば日本に明るい未来が訪れると期待している。大学の研究資源の産業化にはベンチャーが不可欠と考え,筆者は今,関西ベンチャー学会副会長として新時代の応援に力を注いでいる.

参考文献

1)http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/10/09/sentan.pdf
2)日本経済新聞(平成14年1月7日)
3)http://m.iwa.hokkyodai.ac.jp/rs/infores/japan/index_j.html
4)http://www.meti.go.jp/policy/innovation_policy/powerpoint/hpn/
gikankyokukosein/genjotokadain/tsld003.htm
5)http://brookings.nap.edu/books/0815715099/html/176.html
6)http://brookings.nap.edu/books/0815715099/html/180.html
7)http://www.house.gov/science/branscomb_03-31.htm


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