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産学連携のための利益相反ガイドライン

平成13年度「21世紀型産学連携手法の構築に係るモデル事業」(文部科学省)「産学連携に伴う利益相反への対処のためのガイドライン作成に関する研究−−仮想事例に基づくアンケート調査による検討」
研究代表者 今田 哲(関西ベンチャー学会会員)

著者紹介

元奈良先端科学技術大学院大学教授 今田 哲
36年生まれ.北海道大卒.農学博士.
武田薬品工業を経て94年から02年まで奈良先端科学技術大学院大学教授




特許と兼業の事例に高い関心

事例1:

「A大学のB教授は毎年20件近い発明を行っている.発明委員会で個人有と判断された発明は,実用化が見通しやすいものについては企業に譲渡し,それ以外はA大学に関連の深い技術移転機関(TLO)経由で特許出願している.なお,A大学では,学長から,なるだけ同TLOを利用して特許出願することが望ましいとの意向が示されていた.」

事例2:

「C大学のD教授は若いが癌のバイオテクノロジーの第一人者で多くの企業から技術指導を依頼されたが,条件の良いE社に対して,週10時間,勤務時間外に技術コンサルティング兼業を行うことにした.兼業収入は大学の本俸とほぼ同額になった.また,E社はD教授に多額の奨学寄附金を提供し,D教授の発明の多くがE社に譲渡,出願された.」

筆者は過去3年間,文部科学省が平成11年度から行っている「21世紀型産学連携手法の構築に係るモデル事業」として,産学連携にともなう利益相反の問題に全国の国立大学や研究機関の協力の下に取り組んできた.冒頭の事例は,利益相反ガイドラインを作成する目的でのアンケートのために創作した仮想事例の一部である.アンケートには国立大学関係者,TLO関係者,産業界から合計400数十の回答があった.特に国立大学からの約50%という回答率はこの種のアンケートにしては極めて高いものであった.このことからも産学連携活動への関わり方が現在,大学教員とってたいへん大きい関心事であることが窺われる.

利益相反はコンフリクト・オブ・インタレストの対訳である.大学とその教員は,「学生の教育に対する責任」,「学問の自由に対する責任」,「科学の進歩に対する責任」,「知識のオープンでタイムリーな伝達と普及に対する責任」などの公的な責任を果たすという前提で納税行為に支えられている(単純化のためにここでは国立大学を想定して議論を進めるが,大学の公的な責任に関して国公私立大学はなんら区別されるものではない).国民はそのような大学の公共性,公益性を暗黙のうちに信託し,公費で支えているのである.もし大学が研究資金を提供してくれるからという理由だけで特定の企業にあまりに大きい便宜を与える,あるいは,教員が私的な利益を優先させる(あるいは同僚や世間にそのように映る)ような行動をとれば,公器としての大学の屋台骨がぐらつくかも知れない.そうなってはならないので公的な責任と私的な利益の関係,つまり利益相反,は適切に管理しなければならないのである.


教員の自由裁量の幅は広い

冒頭の事例への応答であるが,事例1については回答者の属性が如実に表れた.つまり,TLO関係者と産業界ではTLOを優先的に利用すべきであるという意見が多く,大学関係者でも研究協力事務担当者では圧倒的に,また学長・副学長でもTLOを利用すべきとする意見が多かった.しかしながら,研究第一線の教員ではA教授の選択は妥当であるとする意見と,TLOを利用すべきであるとの意見にほぼ折半された.TLOを利用する必要がないとする主な理由は,「それが大学の組織ではない」,「大学と教員との間に契約関係がない」,「TLOは機能整備が不十分」等であった.一方TLOを利用すべきとの主な理由は,「組織人としての行動規範に従うべき」,「TLOは公的な性格を備えている」,「企業ルートが必ずしも特許を有効に活用することにはならない」等であった.

事例2については,

@コンサルティング先企業から兼業収入を得るという教員の私的な関係と,研究資金を受入れるという大学の公的な関係との間に生じる問題と,

Aコンサルティング兼業を大学の施設や事務サービスの提供を受けて実施する際の公私のけじめの問題

に大別される. @については,兼業先の企業から研究資金を受領することについて,大学関係者では「問題なし」とする意見が,産業界では「問題あり」とする意見がやや多く,「問題あり」の主な理由は国立大学教員の活動の基底部分が公に支えられていることであった.Aについてはコンサルティング兼業に公的便宜を利用する際の最低限のルールは定めるべきという意見が大学関係者で約7割,産業界で約9割であった.

例示した事例以外についても大学教員は産学連携活動の実施にあたっては自らの自由裁量によって幅広の選択をしていることが分かった.


ガイドラインは必要,しかし制限的ではなく

では,ルールは不要なのであろうか.アンケートでは最後にこの点について質問したが,産学ともに要否の記入のあった回答の9割近くが利益相反ガイドラインは必要であるとした.添えられた意見を要約すると次のようになる.

「時代の要請にそって,大学と大学教員が多様な産学連携に参画すると,特許,兼業等で私的な利益を伴う関係に遭遇するようになる.大学の自主性が尊重され,教員(あるいは各大学)が自らの認識と判断で多様な事例に対応することは成熟社会では理想形であっても今のような遷移状態ではやはり何らかの統一的なガイドラインがあった方が望ましい.この時点で,ルールとその背景にある説明責任(公益性,公平性,透明性)の考え方を明確化して周知を図れば,教員が,今よりも高いモチベーションで産学連携を実施することが可能になると考えられる.

このように産学連携促進のプラス効果が期待される一方で,ガイドラインは倫理法と同様,教員の行動の枠組みを規定するものである以上,自由で個性的な産学連携活動を妨げるマイナス面があるこも否定できない.プラスとマイナスのバランスへの配慮が重要であり,少なくとも当初は利益相反の考え方の周知を主な目的として,ルール自体はなるだけ緩やかで,非強制的なものを指向すべきである.また,運営も硬直的にならず,なるだけ自律的に行われるべきである.」

アンケート回答者の熱意に後押しされる形で,我々は「発明と特許」および「技術コンサルティング兼業」についての利益相反ガイドライン案まとめ,それぞれについて利益相反という切り口から解説した.たとえば「発明と特許」ついては,大学の研究成果が活用されるよう,個人有の発明(これまでは国立大学で生まれる発明の8割以上が個人有として処理されていた)であっても,その利用のされ方に責任が持てるような技術移転のメカニズムを大学として整備することを提言した.公的な便宜を受けて生まれた国立大学教員の発明が実質的に利用され,富が何らかの形で納税者に還元されるよう最大限努力することは大学の責務なのである.またアンケートにおいて,教員が特許活動のために時間とエネルギーを注ぐ努力が人事や処遇に反映されることを強く望んでいる事実にかんがみ,報奨制度の整備についても提言した.正当な評価とそれに裏打ちされた信頼関係,さらに背骨の通った発明と特許に対する大学自身の明確な方針などが表裏の関係で利益相反ガイドラインには必要なのである.

すでにお気づきのように利益相反は,大学に限らず,公的な使命を帯びたあらゆる集団が社会からの信頼をどのように確保するかという職業倫理の源流にある考え方なのである.大学における利益相反のガイドラインと,最近我が国の企業でも整備が進められつつあるコーポレートガバナンスとは根本において共通の概念に根ざしている.

世界中が知識経済を競い合う中で,我が国でも大学による産業貢献への期待がますます高まっているのは周知のとおりである.04年から国立大学が法人化されると大学の差別化のために産業貢献度が一層重視される可能性が出てくる.大学が産業界との連携を深めて研究成果の産業化を促進することは公共性に合致したものである.しかし同時に学術研究が損なわれる危険性もはらんでいる.このような趨勢の中でこそ,大学の尊厳とそれへの国民の信頼を維持するために利益相反ガイドラインが是非とも必要になってきている. また,海外の大学のように,副学長クラスをトップとする利益相反の管理体制,利益相反を含む産業界との関係を総合的に管理するための,教学組織,事務組織以外の第3の組織の整備も望まれる.

なお,平成11年度以来我々が3年間にわたって実施してきた利益相反プロジェクトの報告書は,筆者が昨年度末まで勤務していた奈良先端科学技術大学院大学の電子図書館(http://dlw3.aist-nara.ac.jp/dl-lab/sentan.html)に公開されているので参照して頂きたい.


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