会員論文
伝統とITと―2つの調査プロジェクトから―
太田進一(同志社大学教授)
『商工金融』2001年2月号、第51巻第2号掲載。
2000年度の調査プロジェクトとして、筆者が関与しているものに二つの調査研究がある。いずれも、この2001年3月末までに調査結果がまとまる予定である。この二つの調査は、一方が中小企業のIT化の進展と今後のいっそうの強化・対策を講じるものであるのに対して、他方は伝統産業・地場産業の振興ビジョンを作成するための基本調査であり、高級化が一段と進むなかでの伝統産業に対する情報化を振興策策定の骨子にしようとしている点で、考えさせられるものがある。
これらの調査は、一つは、「中小企業における情報化投資の現状と推進策調査」で、(財)関西産業活性化センターと潟Iージス総研が調査を実施し、分析を進めているもので、筆者が委員長として携わってきたプロジェクトである。もう一つは、京都府・京都市・同志社大学による「第16次西陣機業調査生産動態調査」の実施に基づく「第5次西陣振興ビジョン策定」委員会である。京都産業大学教授柿野欽吾氏を委員長とし、同志社大学教授中村宏治氏と筆者が委員として参加しており、調査の分析を潟Vステムディに委託している。
前者の調査結果では、中小企業の情報化がいっそう進展していることが確認できると共に、景気低迷下で全体の6割は売上高が低下しているなかで、他方で売上・生産性を伸ばしている中小企業が17%ある。しかも売上高・生産性を向上させている中小企業はコンピュータ・情報化・ネットワークの効用を高く評価している。業績の2極分化のなかで、経営戦略を明確にして情報化投資を行っている中小企業は、生産性の向上からさらには、市場拡大・創出に結び付けることができている。
ここでは、選択と集中による経営戦略の構築が重要であると共に、中小企業の得意とする分野や市場をいっそう伸ばすという「ニッチ」戦略等により、結果的に大企業が手がけ得ない分野や市場を担い、棲み分けを行い、利益率を確保できることになる。今後は、さらに中小企業間での連携・協業・分業を進め、ネットワーキングやアウトソーシングを進展させて、独自の情報化と情報網を構築することが肝要となる。
後者の西陣調査の結果では、現状において和装需要の低迷が帯地や着尺、金襴だけでなく、肩傘(けんさん)・ショールや、広幅服地、ネクタイ、室内装飾織物などの洋装部門にも影響を及ぼしている。しかも、全体の需要減退が高級化や手織り化をいっそう進展させている。繊維関係の他産地では機械化と高級化、ハイテク化とハイタッチ化の両極分化を進展させてきたが、こと西陣においては、ハイタッチ化が顕著である。もちろん、高速レピア織機や電子ジャカードの導入、コンピュータ・グラフィックス、デジタル・アーカイブ化が進展しているが、そのテンポを上回って、織布段階でのいっそうの高級化、手織り化の進展と、関連工程での後継者不足が関連工程での高級化・手仕事化をさらに進めている。関連工程での高級化・手織り化・手仕事化は、需要面でのファッション化や納期の短縮要求である、従来の3ヶ月納入から1ヶ月納入へ、さらに3週間納入へとクイック・レスポンスが要求されているにもかかわらず、西陣産地では対応が困難になっている。これら需要は、機械化が進展しており納期短縮が可能な桐生・足利産地や、さらには機械化がいっそう進展している海外産地へと移転しつつある。
これは西陣産地では、技術革新の導入によるコスト削減の効果よりも、国際化、海外生産、輸入の展開による低賃金の圧迫・追い上げの影響の方が大きく、採算を確保しようとすると勢い高級化・手織り化・手仕事化を進めることになる。インターネット販売(BtoC電子商取引)も値崩れを起こすということで抑止作用が働いている。また、京都室町や東京、名古屋などの集散地問屋、産地問屋の弱体化・大型倒産による商取引の混乱の影響を取引面では色濃く残している。高速織機、革新機械の導入は、過剰生産をもたらすと共に、標準品・汎用品化を推し進めてしまい、複雑な製品差別化の展開による高付加価値化、高級化の流れを堰き止めてしまう。ここに他産地のような両極分化が進展しない基底がみられ、西陣産地のいっそうの縮小再循環を推し進めるという矛盾を生み出す。その根因は和装需要の構造的減退にある。洋装化への対応、多角化もまた進展しにくくなるという総竦みが発生してしまう。
この現象を打ち破る方法はただ一つ、元気の良い新たなタイプである西陣機業を生み出すことである。これは、西陣産地で育ってこなかった他産地や他業種から、新しいビジネス・システム・モデルを誕生させることができる活力ある「よそ者」の力を借りることである。かつて京都ベンチャー企業が他府県出身の経営者によって企業成長させられたようにである。京セラ、ワコール、オムロン、村田製作所、石田はかり等々しかりである。
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