関西ベンチャー学会

会員論文




BBCC 第21号 2000年9月 pp.11―12

先端技術を支える地域の力

塩 沢 由 典
(しおざわ・よしのり/大阪市大学教授)

経済にしても、産業にしても、技術にしても、「地域の力」というものがある。この力が弱いと、経済は発展しないし、産業は育たない。技術は別だろうと考えるひとがいるかも知れない。重要な発見やブレークスルーは、偶然的にもたらされることが多く、天才的な個人の力に負うところが大きい。しかし、技術の進歩においても、長い目でみると、やはり「地域の力」がはたらいている。「地域の力」が低いと、企業は競争力のハンディを負い、せっかく優秀な人材を集めても、その力を十分に発揮させることができない。結果として、立地企業は世界的な競争に負けていくことになりかねない。

 「地域の力」について考えるのに、格好の材料がルート128とシリコンバレーの比較である。アメリカ合衆国の東海岸と西海岸にそれぞれ位置するこの2地域は、おなじ国にあるとはいえ、その企業文化や職業倫理が大きくことなり、それに対応して「地域の力」も異なっている。

シリコンバレーの秘密

 シリコンバレーは、その名の示すとおり、1960年代には、半導体の生産・開発を中心に発達した。半導体技術は、しかし、シリコンバレーで生まれたものではない。トランジスターは、ベル研究所のショックレーらにより発見され、IC(集積回路)の基本特許は、テキサス・インスツルメントから出された。この意味で、半導体は「他所」の技術だった。ところが、ある時期以降、半導体の技術革命の波は、カリフォルニアに移ってしまう。その重要なきっかけとなったのが、フェアチャイルド・セミコンダクター社の創立であった。この会社は、ショックレー半導体研究所にいた「8人の裏切り者」がニューヨークのカメラ会社の子会社として起こしたものだ。偶然の事情から、この会社は、半導体分野の人材の教育機関になり、供給源になった。そこから独立した企業家たちがつぎつぎと新しい会社を作り、そこからまた別の会社がうまれた。シリコンバレーから興った何十もの会社が、その起源をたどるとフェアチャイルドにいきつく。

 シリコンバレーは、互いに情報を出し合うオープンな雰囲気をもっている。それが技術のすばやい革新を可能にし、半導体やパソコン、応用ソフトの分野で世界を先導しつづける驚異の地域経済を作りだした。シリコンバレーとルート128を比較して産業発展の研究に画期的な視点をもたらしたサクセニアンは、シリコンバレーのこのオープンな性格が、「おなじ釜の飯をくった仲間」という関係が主として生み出したものと説明している。シリコンバレーでは、忠誠は企業に対してではなく、人のネットワークに向けられ、企業を超えた協力関係が成立している。

ルート128の停滞

 ルート128は、かつてはシリコンバレーをしのぐ、ハイテクの先進地域だった。70年代の後半には、ミニコンピュータの中心地として、シリコンバレーを追い上げたこともある。しかし、「マサチューセッツの奇跡」は、短命に終わってしまい、その後の20年間で、ルート128とシリコンバレーとの差は、大きく開いてしまった。90年代には、エレクトロニクス企業の数で、ルート128は新興のテキサスやカリフォルニア南部にも追い越されている。

 ルート128に、優良な企業がなかった訳ではない。全国規模のRCAやハネウェルなどがそこに拠点を設けていたし、ディジタル・エクイップメント(DEC)やデータ・ゼネラルのような先進企業もあった。近くには、工科系名門大学のMITがあり、政府発注を受けるにも、カリフォルニアよりも有利だった。それにもかかわらず、ルート128に活力が失われてしまったのには、二つの原因が考えられる。

 ひとつは、各企業の閉鎖的な性格である。経営者たちは、社員が他の会社の社員と情報を交換することを好まなかったし、独立した元社員を裏切り者扱いした。そのため、企業秘密は守れたが、技術の急速な進展についていけなくなった。ルート128の立ち遅れたもうひとつの理由は、ベンチャー・キャピタルにある。フェアチャイルドの「8人の裏切り者」のうち4人までもが、ベンチャー・キャピタリストになった。かれらは、その専門的な知見を生かして、新しい技術をもった企業を育てていった。こうしたキャピタリストをルート128は持たなかった。そのため、有望だが冒険的な事業への進出がおくれた。

地域の競争優位

 企業の開放的な文化とベンチャー・キャピタリストの活躍とが、シリコンバレーをつぎつぎと新しい企業が立ち上がる活気に満ちた地域に作りあげた。

 シリコンバレーは、現在、もはや半導体の生産基地ではない。それは、依然としてIT革命のひとつの中心地であるが、多くのベンチャー・キャピタルが集まり、ベンチャーを育てる地域として、現在では、むしろバイオ技術の方面で注目されている。カリフォルニアには、現在、50を超える有力なバイオ・ベンチャーが集まっている。全米約1400あるバイオ・ベンチャーの半分以上が西海岸に集まっているという話もある。ヒトゲノム解読計画を先導したNIH(アメリカ国立衛生研究所)のあるワシントン近郊ではなく、シリコンバレーに多くのバイオ・ベンチャーが立地しているのは、「競争優位」を作りだす「地域の力」がシリコンバレーにあるからである。

 バイオ・ビジネスに関するシリコンバレーの「地域優位性」(サクセニアンのいうregional advantage)は、4つに集約される。第1に、スタンフォード、カリフォルニア大バークレーなど、この分野を先導する研究中心の存在と人材供給の魅力。第2に、豊富な資金と意欲的なベンチャー・キャピタルの存在。第3に、先進的なIT技術の集積。第4に、開放的な企業文化。遺伝子解析やタンパク質のX線解析に象徴されるように、バイオ研究は、膨大な情報処理をともなう。アプリケーション・ソフトの優劣は、競争の優劣にもつながる。IT技術との関連が重要となる訳だが、そこに閉鎖的な文化しかないなら、シリコンバレーのメリットは大幅に減少する。有力な大学を抱えながらも、他の地域にバイオ・ビジネスが族生しないのは、「地域の力」に欠けるものがあるからである。

 関西が21世紀に羽ばたくためには、関西の「地域の力」を高めなければならない。そのためにはなにをすべきか。それを考えるべきであろう。関西文化学術研究都市は、世界でも有数の大規模科学都市だ。それは「地域の力」を高める重要な役割を担っている。そのために、都市に立地する各研究所はなにをすべきか。それを考えてほしい。


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