関西ベンチャー学会

会員論文



朝日新聞 東京版2001年1月9日  大阪版2001年1月20日

[見出し]

論壇
21世紀の入り口で
衰えゆく資本主義と介入国家


[顔写真]
省略

[著者紹介]
塩沢由典(しおざわ よしのり)
大阪市立大学教授

1943年生まれ。京都大学理学部助手、大阪市立大学助教授などを経て89年から現職。市場経済を複雑系とみる複雑系経済学の旗手。進化経済学会副会長、社会・経済システム学会編集委員長などを務める。主な著書に「複雑系経済学入門」、「市場の秩序学」など。

[本文]
新しい世紀の経済がどのように動いていくか。今後進行すると思われる三つの傾向について説明し、それが何を意味するか私見を述べたい。

第一に、従業員数人の独立事業者の重みが増していくだろう。ネットベンチャー・ブームはあっけなく潰(つぶ)れたが、情報化はなお着実に経済・社会に浸透していくにちがいない。情報技術がさらに展開すれば、社会の取引費用は大幅に低減する。その結果として、個人が独立した事業者としてやっていける可能性が広がる。このことを裏から見れば、組織を運営することのメリットが薄れ、大企業であることの弱み(意思決定の遅さ、官僚主義、事なかれ主義)が目立つようになる。

これに反対の動きも見られる。金融や自動車、通信などでは、現在、国をも超えた合併運動が盛んである。規模が大きくなるほど、頭割りの投資費用を節約できる収穫逓増が働くからである。収穫逓増と取引費用低減の二つの絡みで、今後、企業の大規模化と小規模化・独立自営化とが同時に混合して進行していくとおもわれる。

傾向の第二は、ベンチャー企業家の活躍である。かつては、資本の調達が企業活動の最大の制約条件であったが、 日本のような資金過剰国では、資金提供者の方が、よい企業・よい経営者をもとめて営業している。しっかりしたビジネス・プランと経営の才があれば、今では、資本の調達はさほど難しいことではない。

途上国では、なお当分、資本不足=労働過剰経済が続く。それでも国内での資本蓄積と国外からの資本移転につれて、資本過剰経済へとモード転換する国が増えてこよう。

第三の傾向として、NPO(非営利団体)の活動がある。その活動はより活発化し、また社会のより多くの場面を覆うようになるだろう。

NPOというと、環境や福祉のためのボランティア活動のイメージが強い。しかし、学校法人や医療法人、各種経済団体もひろい意味でのNPOである。これらの団体は、それが生産するサービスの対価だけでは組織を維持できない。寄付や会費、公的資金などによって活動の一部を支えている。その活動原理は、市場における交換でも、国家による再配分でもなく、社会的連帯や相互扶助に基づく互酬にある。

これら三つの動きは、連動して、資本主義と介入国家の基盤を堀り崩していくだろう。

社会主義という実験をのぞけば、二十世紀は、資本主義とともに、介入国家の時代であった。それは、教育から雇用・福祉に至るまで、市民生活のあらゆる場面に口出しする大きな政府を特徴としていた。しかし、いま、資本主義と介入国家という二十世紀の二つの柱がともに変質しつつある。

市場経済がなくなるというのではない。市場経済のもとに、資本主義と介入国家の成立基盤が次第に失われていくのである。

資本主義は、それを倒そうとした社会主義との競争には勝利したが、成功そのもの中に、みずからの基盤を掘り崩しつつある。情報技術の展開は取引費用を急速に低減させ、組織を組むことの有利さを掘り崩す。資本の過剰は、資本保有者の特権を奪いつつある。資本は、事業創造能力という、より個人的な属性に頭を下げつつある。そのひとつの典型的な現れがベンチャーである。

介入国家は、ケインズ政策の失敗により財政的に破綻(はたん)し、国民の「おねだり主義」をはびこらせて道徳的にも腐敗した。国家という組織は、極めてやっかいな存在である。大企業以上にこまわりがきかないし、意思決定が遅く、すべてにおいて非効率である。そのため、一部では、国家の機能を市場に取り戻そうという動きが見られる。

規制緩和と民営化は、そうした動きの典型であろう。肥大した国家機能の一部が市場に移管されるのは当然であろう。しかし、市場がすべてを解決してくれるわけではない。国家にも、市場にもできないことを第三の原理に基づくNPOが担いはじめている。いまは小さな変化ではあるが、二十年、三十年先には資本主義と介入国家に代わる新しい社会の構成原理が目に見えてくるにちがいない。


もどる

トップ・ページ     会員論文    ページ・トップ