| 産学連携の理論的考察 |
イノベーションの発生を説明する理論は従来、基礎研究、応用研究、開発、生産、販売が逐次段階を経ておこるという「線形モデル」が主流であった。このモデルによればイノベーションを起こすにはまず自然界の真理を追究する基礎研究を充実させることが必要である。その成果の中から実用化に有望と思われるものが応用研究や開発のテーマとなるのである。 イギリスの産業革命では個々の発明家が試行錯誤のプロセスの中から新しい技術を開発したが、19世紀後半のドイツの化学工業では科学的知識に基づいて新技術が開発された。20世紀に入りアメリカ企業も自ら中央研究所を設立して自社の技術を開発するようになった(独占禁止法が厳しくなったので個人発明家から特許を買い漁るのでなく自社努力によって新製品・生産方法を実用化して市場を占有していることをアピールする必要が出てきたことも中央研究所ブームの背景にはあるともいわれる)。デュポン社のナイロンの開発成功(1939年に商品化)は線形モデルの正当性を強く印象付けることとなり、第2次大戦後も大企業の中央研究所ではノーベル賞級の研究が行われた。 アメリカにおいて「線形モデル」にもとづく連邦政府による大学の基礎研究の強化は1945年のScience:
The Endless Frontierというレポートに基づく。このレポートの筆者ブッシュ(Vannevar Bush)は元マサチューセッツ工科大学の教授(工学部長)で戦時中の軍事研究を統括したOffice of Scientific Research and Development(OSRD)の長であり、当時はそのような名称はなかったがルーズベルト大統領の実質的な科学アドヴァイザーであった。このレポートは科学の進歩が国家の医療、雇用、安全保障にきわめて重要な役割を果たすと主張した。ただ、企業による中央研究所の存在にもかかわらず、ブッシュは、基礎研究はリスクが多く、またその成果を投資した企業が完全に回収することができないため、民間企業による基礎研究投資は過少になるおそれがあるので、連邦政府が大学での基礎研究を支援すべきだと主張した。のちに経済学者が主張する研究開発の持つ「プラスの外部効果」による「市場の失敗」を先取りしていたわけである。 ブッシュ自身は大学の研究成果の実用化にかかわった経験もあり、「線形モデル」は単純すぎるし、大学での研究は基礎研究といっても、ある程度の応用の方向性があることを充分認識していたと思われるが、応用目的を意識しない大学の基礎研究が結果的に科学を増進させ国家に貢献できると主張した。これには、政府が大学の研究テーマにも介入することを防ぐ目的があったといわれる。ブッシュに限らず当時のエリート大学の関係者にとって、連邦政府は「金は出すが口は出さない」存在であって欲しかったのである。ブッシュの真意は明らかでないが、ブッシュのレポートは「線形モデル」の聖典となった。こうして、「線形モデル」にもとづく基礎研究重視が企業戦略としても国家政策としても行われた。 しかし、次第に線形モデルは楽観的すぎると批判されるようになった。実際、基礎研究に力を入れてもイノベーションは期待したほど生まれず、新製品が実用化された後の迅速な改良と品質管理にすぐれた日本企業に対してアメリカは国際競争力を失っているのではないか、と危惧されるようになった。そして、1980年代にはクラインとローゼンバーグによる「非線形(連鎖)モデル」が主張されるようになった。この非線形モデルでは、「潜在的市場・ニーズの認知」「発明と分析的設計」「詳細設計と試験」「設計の見直しと生産」「流通と販売」の各段階がオーバーラップし情報がフィードバックしている。各段階が鎖のように重なり合うので「連鎖モデル」とも呼ばれる。 イノベーションにとって、市場のニーズと科学技術知識(シーズ)のどちらが重要か、ということは1960年代に経済学者の間で議論が行われ、月並みだが両方とも重要という結論に落ち着いていた。航空機のニーズは存在していたのだが、20世紀になって素材や内燃機関の進歩によって実用化に成功できたのだ。さらにライト兄弟はラングレイの航空力学の論文も勉強していたといわれ知識の蓄積も貢献していたのである。 「連鎖モデル」の重要な点は単に「潜在的市場・ニーズの認知」から始まると主張するだけでなく、各段階の間に情報のフィードバック・ループがあることである。場合によっては2,3段階前まで情報が戻ることもある。さらに「連鎖モデル」では科学技術知識は「発明と分析的設計」だけでなくすべての段階と関わりを持ち、アドバイスを与える。また、既存の知識が不充分であるならばそこから研究が行われる。ただ、多くのイノベーションは既存知識の利用をもとにしており、好奇心に導かれた研究を一からはじめてそれが実用化に結びつくのは稀だと考えている。 「連鎖モデル」がもっともよくあてはまるのは、自動車や家電のように市場のニーズに敏感である必要があり、生産において部品・要素技術同士の微調整、いわゆる「すり合わせ」が重要な産業であろう。実際、これらの産業での日本企業の躍進がイノベーション研究者の間で「連鎖モデル」が支持を集めた要因のひとつでもある。アメリカでは設計者は設計図を作ったら生産部に放り投げてあとは知らんふりをしていたとか言われたものである。 今日のハイテク産業では科学技術知識に基づくサイエンス型イノベーションの重要性が主張されているが、それは必ずしも「線形モデル」の復活につながるものではない。クライン・ローゼンバーグは半導体やバイオテクノロジーは「連鎖モデル」の例外と述べている。しかし、「連鎖モデル」の例外といわれる分野でも必ずしも好奇心にもとづく基礎研究が新製品を生み出しているわけではない。トランジスタや半導体レーザーの発明でも、問題解決(ミッション)のために人材を集めてチームをつくり、知識を動員する、必要ならば基礎研究も辞さないというやり方が成功につながった。バイオテクノロジーにおいても、市場ニーズや市場後調査、前臨床試験からのフィードバックは無視できないものがある。さらに、ゲノム解析やバイオ・インフォマティックスの発展が、発明だけでなく臨床実験段階でも知識との関わりを強くしている。また、企業の研究は秘密裏に行われているので、結果だけみると研究から急に新製品が生まれたような印象がもたれるが実際の企業内では情報のフィードバックが行われていることが多いといわれる。 上述「線形モデル」から「連鎖モデル」への変化を産学連携に当てはめるとどう理解したらよいのであろうか。まず、「線形モデル」に裏切られた大企業は中央研究所のリストラを行い、大学の研究能力に期待するようになった。また、国全体からみても大学の生み出す知識と、実用化の担い手である企業とを密接に結びつける努力の重要性が認識された。「連鎖モデル」が想定するようなイノベーションまでの各段階と科学技術知識との結びつきを強めるために、大学が単に論文で研究成果を発表するだけでなく、もっと密接に企業に知識の移転を行うように努力するようになったのである。単に、企業が大学に基礎研究にアウトソーシングしようというのは、「線形モデル」を安上がりに行おうというもので古い考え方であり、重要なのは知識の移転をいかにスムーズに行うか、ということである。しかし、後述していくように大学の研究は、それが特許となった状態でも、企業のニーズとはまだまだ距離がある。 |
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